20040413句(前日までの二句を含む)

April 1342004

 春の雲よりノンちゃんの声聞こゆ

                           金子 敦

語は「春の雲」。白い綿のようにふわりと浮いていて、ときに淡い愁いを含んでいるようにも感じられる。句は、そんな雲を眺めていたら、ふっと「ノンちゃん」の声が聞こえてくるような気がしたというのである。郷愁の句だ。「ノンちゃん」は、石井桃子の書いた『ノンちゃん雲に乗る』の主人公の女の子だ。この本は戦後間もなく刊行され、多くの子供たちに読まれたようだが、今でも読まれているのかしらん。私は、田舎の小学校の学級文庫にあったのを読んだ。正直に言って、血わき肉躍る小説や講談本が好きだった私には、あまり面白い本ではなかった。主人公が女の子だったせいもあるのだろう。それも、良い子で優等生の……。したがってストーリーもよく覚えていないのだけれど、しかし「雲に乗る」という発想には心魅かれたようで、やはりふっと掲句の作者と同じような気持ちになったりすることはある。雲に乗った(本当は、池の水に映った雲の上の世界に落ちた)ノンちゃんは、雲の上のおじいさんと実にいろいろな話をしていた。その二人のやりとりする様子がぼんやりと思い出され、そのうちに本を読んだ当時の現実の生活のあれこれの断片的記憶が浮び上ってきて、妙に甘酸っぱいような気分になるのである。紙に書かれた物語だから、むろんノンチャンの声は誰も聞いたことはない。でも、作者には声が聞こえている。ここが句の眼目で、春の雲の夢うつつの感じとよく溶け合っている。同じ作者で、もう一句。「雲に乗る仕度してをりつくしんぼ」。『砂糖壺』(2004)所収。(清水哲男)




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